ハイスペック発達障害への道

世の中の発達障害の方々が活躍できる世の中を目指して、まずは自分が頑張ります。

「ハイスペック発達障害」の目指すところ

 先日より、このブログはタイトルを「ハイスペック発達障害への道」と変えている。その言葉の意味するところについて、これまで説明をしてこなかったのだけれども、さすがにそれは不親切だと思ったので、この記事を書くことにした。

 少々長い記事になるが、最後まで目を通し、ご意見やご感想などお寄せくだされば幸いである。

 

現状では、「発達障害」と診断された方には活路を見出しにくい

 少なくとも日本においては、「発達障害」という診断を受けている方は、たとえADHDであってもASDであっても、社会において活躍しづらくなっているのが現状だ。そうなれば、当然のことながら仕事にありつくことも難しくなるし、たとえ職に就いていたとしても、ステップアップへの道は狭まってしまうことになる。

 そもそも、日本の企業や自治体、その他組織が求めがちな人材は、「空気を読み、上からの要求にも難なく応じ、あらゆる場面において力を発揮してくれる人」である。どんなことであっても、まんべんなく応じることのできる人間の方が好まれがちだ。

 一方、「発達障害」と見なされている人たちは、限られた場面においては能力をバリバリ働かせてくれる。逆に言えば、力の出る場面が極めて限定的で、その範囲の外では人並み未満となってしまうことが多々ある。

 そんなことだから、日本型組織においては、自分の居場所すら見出せなくなってしまうし、地位も賃金も待遇も一向に向上しない。なので、「発達障害」の方々にとっては生きる道が限定されてしまうも同然になってしまう。

 

「発達障害」の方々に必要なのは、自分の能力を最大限に活かせる場を作り、それでお金を稼ぐようになること

  今の日本においては、何かしらの組織に就いて生活しようとする限り、希望はなかなか見えてこない。

 もちろん、一人で生きているのではないから、自分が得意なこと以外のこともやらなければならない。報告、連絡、相談などのないところに、仕事は成立しない。しかし、それはあくまでも最低限度に抑えるべきである。必要のないコミュニケーションや会議にまで時間や労力を割くべきではないのだ。「発達障害」を抱えている人々ならば尚更である。

 営業のように、どうしてもコミュニケーションなどが必要となってくる仕事は、それが得意な方々に任せればよろしい。これは「発達障害」の当事者たちには難しいことだろう。むしろ、なるべくそういう機会を作り出さないような職場環境を作り出し、なるべく自分の得意なことのみに時間と労力を費やせるようにすることこそが、何よりも大切になってくるのではないだろうか。

 例えば、IT技術に興味があって、なおかつ英語の文章を読むのが得意ならば、海外のニュースサイトのような英語の資料を読みながら、海外のIT事情について日本人の方々に分かりやすく解説してみる、といった仕事が考えられる。人一倍ITについて勉強する必要はあるが、おそらく必要なコミュニケーションは同業どうしが大半になるだろうから、それほど苦痛になることはないだろう。

 このように、自分の得意なことや興味のあることが何なのかを分析した上で、どういったことが仕事になり得るかを考え、戦略を立てることが必要になってくる。仕事は自分で考えなくてはいけないので、ひどく苦痛をともなうに違いない。その苦痛を感じるのが嫌ならば、上司から仕事をもらってくるくらいしか道はなくなるだろう。どちらを選ぶかはあなた次第であるが、どの会社も上のような配慮をしてくださるとは限らない。そういう意味では、起業も現実的な選択肢の一つとなりうる。

 

私が目指すのは「発達障害」と診断されていても普通に生きていけるようにする仕組みを考え、実践し、皆様に提供すること

 はっきり言って、今の日本では、「発達障害」の方々が生きやすくなっているようにはできていない。もっとも、世の中に生きる人々は、「発達障害」でない方々(「定型発達」と呼ばれる)が大半である以上、どうしても多数派が優先されてしまうのはやむを得ないことかもしれない。とは言え、「発達障害」の当事者たちも同じ人間なのだから、彼らを差別することなく、人間としての尊厳を保たせるようにすべきである。逆に、「発達障害」の方々が現代社会の原理に無理やり合わせるようにはすべきでない。

 言葉にすれば簡単な話だが、これが実に難しい。実際問題、「発達障害」は一つのレッテルとして機能してしまっている。序列として「発達障害」である方が劣っている、というくらいなのだ。このままでは、「発達障害」の方々が持つ力を活かせずに終わってしまうことだろう。

 私は「発達障害」である方々がきちんと生きていけるようにするために、これから様々なやり方、生き方を提案していこうと思っている。とは言っても、私が提供できるのはあくまでもヒントであり、与えられたものは自分流に加工していかなければならない。また、全てのヒントが自分に合うとは限らないので、必要に応じて使う、使わないを判断していただければ幸いである。

 ともあれ、「発達障害」の方々にも人間らしい一生が送れるよう、地位向上の活動をしていかなければならない。そのために私ができることは限られている。できれば、読者の方々にも力を貸していただきたい。

 

 せっかくの人生だ、一人の人間として、きちんと生きられるようにしていかなければならない。憲法に規定されている基本的人権「生存権」は保証されてしかるべきである。そのためにできることは、何でもやってゆこうではないか。